熱意なき砂漠化対策

ピエール・ロニョン(Pierre Rognon)
パリ第六大学教授

訳・柏原竜一

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 かれこれ約20年にわたって、砂漠化という言葉で指し示される未曾有の生態系の危機がサヘルを襲い、激しい不安を呼び起こし、住民に壊滅的な被害をもたらしてきた。1968年を境に、それまでほとんど手つかずだった「乾燥地帯」の研究がにわかに脚光を浴びるようになり、好奇心をかき立てられた研究者達によって数々の書物や文献が著されてきた。しかし学問としてはまだ未熟なものでしかなく、実際の対策となると科学者の意見は分かれ、時には互いに矛盾することを述べ立てた。とりわけ77年と81年にナイロビで開催された国連砂漠化防止会議(UNCOD)ではそれが際だっていた。

 意見の不一致は、砂漠化やそのメカニズムの定義といった基本的な問題にあった。砂漠化は、そもそも気候、それに加えて社会経済の問題であったはずだが、徐々に人口問題に関わる側面が大きくなっていった。災厄の規模と進展を前にした科学者達は国際的な連帯を呼びかけるべく、砂漠化が1年に5km以上も進行する不可逆の現象であると強調した。それはつまり、事前調査もしないで「緑のダム」を造るといった大規模国家プロジェクト重視のアプローチであった。

 飢饉や経済破綻が差し迫る中で、国際機関と北の諸国が出資した数十億ドルの大半は緊急援助に費やされ、緑化プロジェクトや長期研究に向けられたのは10%にも満たなかった。資金の分配にあたり、国連環境計画(UNEP)は融資対象国に対して国家行動計画の立案を要求した。しかし、これらの諸国は20年、30年前に独立したばかりで、それぞれ1985年、1987年に計画案を策定したチュニジアやマリを除き、そうした文書を作れと言われても無理があった。結果として、できあがった計画案は散漫で非現実的、財政的な見積もりに欠けたものでしかなかった。

 しかし、より深刻な問題は、砂漠化対策行動計画に関わる国際機関や研究所が拡散し、調整会議、調査、政策提言、レポートが続出したことにあった。それらが資金の大部分を吸収し、効果的なプロジェクトの実施を妨げてしまったのである。91年にはUNEPも失敗をみとめ、砂漠化によって影響を受けた面積は増加しているとのレポートを公表した。92年5月、フランスの提唱により、砂漠化の進行を「観測」する目的で「サハラ・サヘル観測機構」が創設された。集まった資金は企図された目標をはるかに下回った。その大部分は観測にまわされ、地質劣化を防止するための行動計画は犠牲にされた。

 92年6月のリオの地球サミットでは、地球環境を保全するための三つの行動計画が合意された。その一つが砂漠化対処条約である(1)。全世界に関わるとされる条約は、ヨーロッパの地中海沿岸部も含めて砂漠化のおそれがある諸国全体を視野に入れつつ、アフリカに最大の重心を置いている。目標の優先順位の決定は、70年代のサヘル地域の危機の際でさえ難航した。さらに多様な地域を対象とする砂漠化対処条約では、まったく状況の異なる地域を羅列した結果、対策は必然的に地域によって異なるとする方針が採られるに至った。

 この状況でどうすれば、会議に代表団を送った170カ国全体が受け入れられる戦略を選択できるものだろうか? さらに、議論に際しては各国が同じ重みをもつとはいえ、資金を出す側の諸国は砂漠化対処条約に科学的根拠が乏しいことを感じ取っていた。その結果、すでにサヘル危機の時代から援助を求められていたにもかかわらず、北の諸国はなかなか動こうとせず、この条約の採択はいちばん後回し(94年6月)にされてしまったのだ。

 他の条約については定期的に会合が開かれ、専門家が温暖化とオゾン層破壊、生物多様性の貧困化に対する対策を提言するという枠組みができている。それが砂漠化対処条約については、締約国間の会合(関係国会議)が国家行動計画を検討し、資金を与えるプロジェクトを選抜する仕組みとなっている。

 同様の戦略は以前にも採用された。しかし70年代から80年代にかけては事態が急を要していた。90年代にこの戦略の根拠として言われたのは、新たなコンセプトである「持続可能な開発」には長期的な視点が必要であるということであった。

 それゆえ、砂漠化対処条約では政治的な配慮の果たす役割が非常に重要なものとなる。持続可能な開発というものは、国の存在様式に全面的に関わってくるからだ。宗教関係者がいかに否認しようとしても、中東やマグレブ、あるいはメキシコの急速な人口増大が、長期的に見て砂漠化の進行を促進することは明らかである。

 打ち出された戦略に改善が見られるとはいえ、現在の状況は多くの点でリオ以前とさして変わらない。それどころか、開発援助は先進国から重視されなくなっている。リオでGDPの0.7%に定められた開発援助は、どこの国でも減少している。フランスでは94年の0.64%から99年には0.38%に低下した。アメリカでは0.1%前後である。それゆえ現状にはかなり厳しいものがある。

もっと実効ある研究を

 とはいえ、砂漠化対策の好機となるような新たな要因が一つある。統計によれば、一日の生活費が1ドル以下の人口が世界の20%を占めている。この事実を意識するなら、ある種の国々、とりわけアフリカ諸国で貧困化が進み、債務が増大し、あるいは先進国へ不法移民が押し寄せる大きな原因の一つとなっている現象への関心を喚起できるかもしれない(2)

 もし国連が世界銀行の支持を得て、2000年9月のミレニアム総会で提起されたような広範な貧困対策に乗り出すならば、開発プロジェクトの実施を単一の組織に委ね、環境の劣化についても地域住民の所得減少についても対策を一任することが考えられるだろう。この組織が砂漠化対処条約の関係国会議に替わってプロジェクトの善し悪しを判断し、援助国によって拠出された資金を管理すればよい。そのような役割は、リオ会議で草案が作られた条約では予定されていなかったものだ。関係国会議は移管によって、リオから生まれた他の二つの会議と同様、地球環境劣化への「グローバル」な対策の研究に注力できるようになるだろう。

 科学よりも政治の比重が高い砂漠化対処条約と違って、気候変動に関する枠組み条約と生物多様性条約は、リオ以前から世論に訴えていた科学者の圧力の下で書き上げられた。それとは逆に、砂漠化対処条約が依拠する「科学技術委員会」は、政治的決定機関(関係国会議)に従属している。200名ほどの委員は関係国により、専門知識をもつ科学者としてよりも各国の代表として任命されているのが実状である。委員会は毎年簡単な例会を開き、関係国からの質問に対する見解を述べるが、作業の主要部分は、関係国会議で承認されたリストから選ばれた専門部会によって進められている。

 1996年以降、3回の関係国会議と多くの専門家会合が開かれ、「砂漠化の指標」(97年)、「伝統的知識」のリストアップ(98年)、「早期警告」の方法(99年)が討議された。これらのテーマが無益だということはない。しかし、最初のテーマは砂漠化の進行の観測という受動的な態度に限られている。二番目はきわめて局地的な対策に向けられたもので、他の地域に転用することがほとんどできない。三番目のテーマは、数年ないし数カ月前に、大旱魃あるいは砂漠化の危険を予測することにあてられている。

 ここでショックを受けるのは、関係国会議の二枚舌である。国家行動計画への出資者の説得が問題となる場合には、砂漠化の危機を演出しようとする。しかし目標の優先順位を設定する際には、対策の具体的手段を確保することに難色を示すのだ。乾燥地帯ならびに半乾燥地帯では、より湿潤な地域と比べて研究が遅れているだけに、科学のあらゆる分野における知識の急速な進歩を考慮した革新的な対策が求められている。

 一つだけ例を挙げれば、新たな水資源の研究は、土壌流出を防ぎ、マグレブ、中東、それにサヘル地域でしばしば等比級数的に進んでいる人口増大に対処するためには、優先度の高い分野である(3)。あらゆる予測が示しているように、これから10年のうちに、現行の技術では深刻な水不足に対応できなくなるだろう。

 数年かけて研究し、相応の資金を費やすならば、解決策は存在する。今日よりも安価な方法で海水を淡水化する。温暖な地域で帯水層を人工的に補充する技術を用いて大量の水を蒸発から守る。人工降雨技術によって降水量を増大させる、などだ(4)

 この最後の目標に限り、94年の砂漠化対処条約にも盛り込まれている(クラウド・シーディング、17条1-g)。実際にも南アフリカとメキシコで、非常に有望な研究が進行中である。しかしその資金は非常に限られている。この種の計画への出資を政治家や出資者に求めるために、関係国会議は現に優先されるべき問題について研究者やメディアに語らせることもできたはずだ。

 こんなわけで、世論は呆れ果て、効果的な砂漠化防止対策にほとんど無関係な議論には関心を示さない。気候変動や生物多様性条約の会議には敏感に反応するメディアも、砂漠化対処条約の年次総会はほとんど報じない。

 失望の広がりはきわめて嘆かわしいことだ。砂漠化はこの10年間とまらなかったし、この先もさらに進行するだろう。人口増大は少なくとも2030年まで続くと考えられている。そして、温暖化の影響に関する予測によれば、熱帯の砂漠と地中海を中心として、長い乾期が頻繁にやってくるようになるというのだ・・・。

(1) 条約の正文は、砂漠化に対処するための国際連合条約事務局(UNEP内)によって公表されている(ジュネーヴ、1995年、全71ページ)。
(2) サスキア・サッセン「国家主権を超越する移民の力学」(ル・モンド・ディプロマティーク2000年11月号)参照
(3) See the report of the World Bank, << From scarcity to security. Averting a water crisis in the Middle East and North Africa (1995) >>, World Bank, Washington, December 1995.
(4) ピエール・ロニョン「砂漠化が進行しつつある諸国は水不足に対応できるのか」(UNESCO Conference << Water : a looming crisis ? >>, Paris, June 1998, pp.363-366)参照


(2000年12月号)

All rights reserved, 2000, Le Monde diplomatique + Kashihara Ryuichi + Saito Kagumi

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