ヒト型ポケモンを出されても・・・

イニャシオ・ラモネ(Ignacio Ramonet)
ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳・瀬尾じゅん

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 ポケモンを知らない人なんているだろうか? 任天堂ゲームボーイのゲームソフトであり、アニメ漫画であり、そしてコレクション用のゲームカードにもなっているポケモンとその無数の関連商品は光速の勢いで世界を席巻している。

 「ポケット・モンスター」を縮めた「ポケモン」とは、言ってみれば遺伝子を操作されたエルフ、バイオテクノロジー時代のいたずら妖精、「草むらや茂み、森、洞穴、湖に住む生き物」のことだ(1)。150種類いて、それぞれが独自の遺伝子的特徴を持っている。非常に珍しい種類もいれば、捕まえるのがとても難しい種類もいる。このポケモンたちを捕まえるのがゲームの遊び方だ。そして、捕まえたポケモンたちを飼い慣らし、トレーニングし、変身させる。そうすると、彼らは姿を変え、形を変える。つまり“進化”(このダーウィン説の言葉がゲームの中で使われている)し、新しい適応力を身につけ、パワーアップするのだ。

 バイオテクノロジー、クローン、そして迫り来る遺伝子組み換え生物(GMO)の革命期を迎えた今日、この“かわいいミュータントたち”の壮大な物語に子供たちが魅きつけられたとしても、何の不思議も無いのではないか。

 地球上の生物の遺伝形質へ介入する技術の拡大は、とどまるところを知らない。そして、動物の遺伝子操作、クローン、ヒト遺伝子の塩基配列決定、遺伝子治療、生物特許、遺伝性疾患を見つけ出す遺伝子検査、遺伝子テストの利用といった時代の流れが、人々の心に漠然とした不安を呼んでいる(2)

 振り返ってみると、すでに60〜70年代に、精神の制御による“文明心理社会”の到来を熱心に唱えていたホセ・デルガド博士のように、哲学の中心問題はもはや“人間とは何か”ではなく”我々はどのような人間を作ろうとしているのか”だと断じる研究者がアメリカに登場していた。

 最近も、コンピューターの生みの親の一人、マーヴィン・ミンスキー教授が、「2035年には、ナノテクノロジーによって、指先よりも小さい電子脳を実現できるだろう。つまり、自分の頭蓋骨の中に、システムやメモリーを増設するスペースが好きなだけ持てるのだ。そうすると、新しい知覚や新しい推論方式、新しい考え方や想像力を追加して、年々多くのことを学習できるようになってくる」との予測を掲げた(3)

 フランシス・フクヤマもまた、次のように主張しなかっただろうか。「今から2世代後にはバイオテクノロジーが、社会工学の専門家の為し得なかったことを成し遂げるような道具を産み出すだろう。その段階で、人類の歴史は決定的に終わりを迎える。なぜなら、我々は本来あるがままの人類を消滅させることになるからだ。そして、人間を超えた新たな歴史が始まるのだ(4)

 クローン羊のドリーが1997年2月に誕生して以来、クローン人間も夢でなくなったことは周知の事実である。科学は、オルダス・ハクスリーが『すばらしい新世界』の中で想像した“バコノスキー・プロセス”よりもさらに強い力を持つようになり、フィクションさえも超えてしまったのだ。ドリーはいかなる受精も経ないで生まれた。その胚は、代理母の除核卵細胞と成長した羊の細胞核を融合するだけで造られた。それ以降、ハワイではクローン・マウス、ニュージーランドではクローン羊、日本ではクローン牛、北米でクローン山羊が誕生している。そして、早くも1998年、イギリスの科学雑誌『ランセット』は、世界的に倫理上の問題が指摘されているとしてもクローン人間の創造は“不可避”になったと述べ、医学界に「これを今すぐ承認するように」と呼びかけた。

 2000年6月26日、人間の遺伝形質を構成する23対の染色体に分配されている約30億の塩基対について遺伝情報が解析されたことを、新しい時代の誕生として報じたメディアも、同じような発想に立っている。様々な病気に関わる遺伝子の塩基配列を決定できるようになるから、遺伝性疾患の原因となる遺伝子を識別すれば病気の治療や治癒のための方法がわかり、人類にとって計り知れない利益をもたらすだろうという。

 しかし、この発見が行き着くかもしれない危険な逸脱に対し、我々がきちんと対策をとってきたとは言いがたい。人間は今後、遺伝学によって「世界を荒々しく私物化できるようになる。それは、かつての植民地事業が示した奴隷主義や天然資源収奪の現代版である(5)」。なぜなら、遺伝子特許を取ることは、人類の共有財産を私有化することに他ならないからだ。そして、遺伝子情報を製薬業界に売れば、その情報は一握りの企業の外に出ず、この大きな科学の進歩が新たな差別を生み出すおそれがある(6)

 さらに、遺伝子工学は、いわば超=組み換え人類へとつながる新手の優生学を予感させる。そこには、遺伝子コードの優劣によって選別された“完璧な子供”という幻影の復活が見えないだろうか?

 我々の社会は、そのことをなかなかはっきりと認めようとはしない。そして、言い知れぬ恐怖につきまとわれている。人類は規格通りの工業製品になりつつあるのではないか? 膨れ上がったバイオテクノロジーに大々的に頼ることによって、ヒト型ポケモン、あるいは超=組み換え人間を作り上げようとしているのではないか? 我々はGMH、つまり「遺伝子組み換え人間(Genetically Modified Human)」の襲来を招こうとしているのではないのだろうか?

(1) Cf. http://www.pokemon.com/
(2) 「科学・文化の横断」誌1999年1-2月号参照
(3) ル・タン(ジュネーヴ)1999年11月24日付
(4) ル・モンド1999年6月17日付
(5) ジャン=イヴ・ノー「人体材料への工業特許?」(ル・モンド2000年7月22日付)
(6) Cf. The Economist, 1 July 2000


(2000年8月号)

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