社会連帯経済の新たな地平

ジャン=ルー・モチャーヌ(Jean-Loup Motchane)
パリ第七大学教授

訳・萩谷良

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 フランスでは最近、「社会連帯経済」を担当する閣外相のポストが新設された。そして、いわゆる商業の論理にも、あるいは公営企業や公共事業の枠組みにもおさまらない、きわめて多彩な経済領域の広がりが注目されるようになった。何百万もの市民が共済組合、協同組合、非営利団体(アソシエーション)に加わって、このセクターを形作っている。ただ、その動きはあまり知られていない。この分野を率いる人々が、社会経済というものを、自由主義経済に対するオルタナティブなモデルとして提案することを避けている現実が、そこに窺われる。[訳出]

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 1550万の口座を通じて約1兆フラン(約15兆円)もの預金を管理するクレディ・アグリコル(全国農業信用金庫)。アリアーヌ・ムヌーシュキン率いるメンバー49人の太陽劇団。ふたつの共通点はなんだろうか。といっても、それは、ひとつしかない。「社会経済」に分類されるということだ。

 社会経済の発祥は古く中世にまでさかのぼる(1)。商工ギルド、兄弟団、宣誓ギルド、同業組合、コンパニョナージュ(職人組合)は、その遠い祖先である。13世紀に出現したコンパニョナージュは、絶対王制のもとでも、フランスの専門職労働者の主要な組織でありつづけ、今日まで存続している。しかしながら、啓蒙期の哲学者は、同業組合のうちに、個人の自由を妨げるものを見てとった。フランス革命は、国家と個人の中間に介在するいっさいの機関の正統性を否定した。こうして、1791年のル=シャプリエ法によって、自発的な職業組合はすべて禁止された。それがようやく解禁されるのは、1884年のヴァルデック=ルソー法によってである。次いで1898年には共済組合設立法、1901年には結社自由法が制定される。

 19世紀初頭、産業革命の暴虐への反発から、はじめて社会経済の理論や実験が出現した。サン=シモン(1760-1825)のユートピア社会主義は、自由主義思潮に対抗する産業制度のあり方を提示した。そこでは、市民結社の形でまとまった労働者階級に最大の福祉を提供することが目的とされ、国家の仕事は富の公正な再分配にあるとされた。同じ頃、シャルル・フーリエ(1772-1837)は、各人の提供した労働と資本、および能力に応じて富が分配される生活共同体「ファランステール」を構想した。

 また私有財産制の急進的批判者であるピエール・プルードン(1809-1865)は、貨幣でなく「流通券」が使われ、構成員が役務を交換する相互扶助制度を提唱した。ただし、アナーキズムの思想家だった彼は、国家の介入をいっさい否定した。ルイ・ブランも1839年に著した『労働の組織』のなかで、まったく新しい社会を提案している。こちらは、 協同組合を社会の基礎として、国家がそれを全産業に広げていくという発想に立つ(2)

 このほかに、社会経済の構想の重要な源となったのは、キリスト教社会主義である。これは、フランスではフレデリック・ル=プレ(1806-1882)とアルマン・ド=ムラン(1807-1877)を代表とする改革主義的な思潮である。

 「第三の部門」とも呼ばれる社会経済は、労働運動とその分裂、そして利益追求社会の建設に対する抵抗の歴史と切り離せないだけに、活動の規模も性質もきわめて多様な組織を含んでいる。フランス、イタリア、スペイン、ドイツでは、共済組合や協同組合、非営利団体、あるいは財団の形がとられる。英国ではボランタリー部門として、自助団体や慈善団体、あるいは非営利活動組織(NPO)の形がとられる。形は違っても、これらの機関はすべて、5つの譲れない原則、1つの基本目的、それに、さまざまな社会的要請を明らかに共有する。国家に対して独立であること、加入が自由であること、意思決定が民主的であること(一人一票)、資本が譲渡不可能で共有的な性質のものであること、出資に対する見返りは存在しないこと、これが原則である(3)。基本目的とは、最良のコストで、加入者相互の利益に資するように財とサービスを提供すること、大きく言えば、国家が引き受ける能力も意志もない全体の利益に奉仕することである。

 社会的要請とは何かと言えば、第三部門の事業体は、単に労働法を守るにとどまらず、公正な組織を作り、そこに働く有給、無給をとわぬすべての人々の能力の開花、教育、訓練に資する義務を負うということである。一言で言えば、社会経済事業体は、普通の企業ではないものであろうとするのである(4)。とはいえ、現実には組織によって著しい格差が見られる。

欧州各地での活発な展開

 同一人物が複数の団体に籍をおくことを考慮に入れてもなお、EU住民3億7000万のうち30%以上が、何らかの社会経済的な組織や事業体に所属している。1997年に欧州委員会の発表したある調査によると(5)、その数は、1990年には企業全体の6.0〜6.5%、すなわち民間の雇用の5.3%を占めており、数え方によっては6.3%にもなるという(6)

 その事業実績は、とりわけ銀行と保険の分野では、しばしば、従来の資本主義的企業を上回ると考えられている。しかもこれは、株式市場を利用した資金調達ができず、十分な自己資金の準備も困難であるにもかかわらず、である。信用金庫は、1兆ユーロ(約100兆円)を越す預金と、9億ユーロ(約900億円)近い与信残高、3600万人の出資者と6億100万人の顧客を持ち、市場シェアの17%を占めている。相互会社や協同組合の形をとる保険会社は、1995年の時点で、西欧では29.2%、日本では30.8%、米国では31.9%のシェアを占めている(7)

 社会経済と公権力の関係は、欧州では第二次大戦以後、大きく変化した。第一次石油ショックのあと、経済危機と失業増大のため、いたるところで社会経済事業体の役割が強まった。その様相は国によりさまざまである。英国では、サッチャー政権の緊縮財政政策のもとで、ある種の福祉事業が、民間部門に引き取られた。スペインでは、予算削減のため、自治体が、福祉サービスの一部を民営化した。その際、営利企業が先を争って収益事業を獲得したため、非営利団体に残されたのは不採算事業だけだった。これに対し、フランスとイタリアでは、国家が福祉への支出を取りやめるということはなかった(8)

 1995年、欧州委員会が示した数字によると、国によって差異はあるものの、100万を超える欧州の非営利団体に、人口の30%から50%が加入している。これらの非営利団体の支出は平均して国内総生産(GDP)の3.5%を占めている。フランスではGDPの3.3%と、EU平均に近い。73万の非営利団体が127万4000人を有給で雇用し、資金額は2200億フラン(約3兆4000億円)と評価され、その60%が公的資金によって賄われている(9)

 80年代の欧州における失業の増加と貧困の増大は、新たな社会的事業を出現させた。それらの事業は、社会的排除に対する闘争の手段であり、革新の担い手であり、今日の新たな必要に対し、政府や自治体が有効な解決策を考えることも実行することもできないなかで、きわめて多くの場合に身をもって解答を示している。このように公権力の部分的欠如により手つかずに残された領域と、自由主義の躍進に押された福祉国家の後退から、新しい形の社会経済が生まれた。連帯経済である(10)

 この新しい経済は、労働者階級の貧困撲滅闘争の伝統的な要素の一部を、いくつかの面でまさに仕切り直すものである。この経済のもとにこそ、最も尖鋭的であると同時に最も脆弱な組織が見出される。すなわち、就労支援事業、生活の質や住環境の改善を手がける地元密着事業、経済的に困っている人を雇い入れ、普通の民間企業がかえりみない仕事を受け持つ仲介事業、近隣のためのサービスを行う小規模な協同組合、給食業、介護を必要とする人への食事の宅配、アイロンかけ、洗濯、裁縫、家事の手伝いである(11)。イタリアでは、1991年の法律により、社会的連帯協同組合と、それらを一つ上のレベルでまとめた合同事業団の地位が強化された(12)。イタリアの組織は連帯経済の最も興味深い新機軸のひとつである。フランスでは、地方分権の一環として、国家と地方自治体が福祉事業と就労支援活動の一部を、連帯経済の地域諸機関に、その財政的努力は続けつつ、任せることになった(13)

 連帯経済のうち民間資金で賄われている一部分が、尖鋭的な活動や積極的な行動、斬新な発想を次々と生み出しているとしても、その経済規模は、共済保険、信用金庫、あるいは公金に支えられた大規模非営利団体といった社会経済の大手事業者に比べれば、はるかに小さい。では、社会経済と連帯経済は、2つの互いに無関係な世界に属しているのかというと、そうは言いきれない。社会経済は、プロジェクトの立ち上げと継続と資金調達の面で連帯経済に力を貸すことが多い。大規模な信用金庫や共済保険の設立した財団(各々が年間20件ほどのプロジェクトに出資している)の事業以外にも、さまざまな金融機関が個人を対象にして、倫理的投資や分かち合い投資(14)というものを提案している。これらの投資は、現在、フランスで27億フラン(約410億円)に達すると見積もられるが、企業内給与貯蓄制度が2500億フラン(約3兆8000億円)と推定される(15)のに比べれば、大海の一滴にすぎない。しかし、このタイプの援助によって創出された事業体は4000、雇用は2万人を超える(16)。同様の制度は、欧州の他の諸国にも存在する(17)

 社会連帯経済というセクターは、周辺的存在どころではなく、少なくとも形の上ではたえず拡大しており(18)、社会経済顧問委員会のティエリー・ジャンテ氏の言葉を借りるなら、欧州の「経済に相当な重みをもつ存在」となっている。しかし、その重みのわりには、市民にも公権力にも注目されていない。それでも、ギー・アスコエット氏がこのほど連帯経済担当の閣外相に任命されたことは、この新ポストに与えられる予算が依然きわめて限られたものでしかないにせよ(19)、このセクターがフランスで政治的関心を引き起こしていることを示している。

未確認政治実体

 アスコエット氏は、3つの目標を掲げた。2001年初めに社会連帯経済に関する法律を可決させること、将来の企業内給与貯蓄法案に連帯貯蓄に関する条項を盛り込むこと、保険に関する1992年のEU指令に従って7月に予定されている共済制度法典の改正という難題を乗り切ること、である。自由主義色の顕著なEU指令は、利益を作らない(顧客は加入者と見なされる)相互会社と、利益の実現を第一の使命とする保険会社との区別を認めていないのである。

 もし第三部門に関する法律ができれば、緑の党の欧州議会議員となったアラン・リピエッツ氏の報告にもあるように(20)、「社会連帯経済セクター」を一定の認証によって規定し、「社会的目的企業」の地位を新設し、公共の利益に関わる任務を考慮できるようになるかもしれない。それでもやはり、全面的に競争の発想に立つEU法のうちに、公共の利益という概念を導き入れる必要は残る・・・。

 企業内給与貯蓄制度、すなわち、企業が支払いを先送りした賃金を原資とする長期貯蓄制度の改革という問題法案(21)は、これを退職年金に充当するか否かという争点にかかわらず、右派政党とフランス企業運動(MEDEF、仏経団連)が敷いたレールの上を滑るだけに終わってはならない。ここで提起されている真の問題は、実際には支払延期された賃金にほかならない貯蓄を、サラリーマン、雇用者、テクノストラクチャーのなかで誰が、どんな手続きにしたがって、どんな目的で管理するのかということである。ここで再び、資本主義社会の中での、生産と交換の手段の共有という基本的な問題が立ち現れる。

 フランス法をEU指令に調和させるという問題には、連帯経済と欧州委員会が説く自由主義の論理との対立のひとつの局面が浮かび上がっている。欧州議員ミシェル・ロカール氏の報告が述べているように(22)、フランスの代表的な共済保険連合は、保険料決定や優遇プランの設定を目的とする加入者の医療情報の収集を、営利保険会社も含めて欧州の保険会社全体に禁止することを要求している。また、共済保険連合は、公共サービスに携わっている保健施設も同一の共済の機構の中で管理できるようにすること、すなわち、黒字の保健事業を赤字の保険事業の相殺に利用できるようにすることをも要求している(23)

 社会連帯経済は、資本主義社会の内部において、一種UFOのごとき、未確認実体として存在する。それは、さまざまなパラドックスの集積である。そのなかの大きな事業体は、資本主義的な同業者とはわけが違うと主張するが、必ずしもそれを明確に、あるいは説得力をもって証明できるとはかぎらない。相互会社形式の大銀行と保険会社、それに協同組合は、規約上は、商業主義の論理とは相容れないにもかかわらず、自由主義経済の制度によくなじんでおり、通常の企業と容易に区別がつかないほどだ。

 確かに、それらの事業体は、尖鋭的で、新機軸を打ち出す連帯経済事業体に対し、地味ながら実質的な支援を与えてはいる。しかし、この援助は、市場経済に対してそれに取って代わるモデルをつきつけるというよりは、むしろ、人道的な「善行」を施していると言ったほうがあたっているようだ。また、共通の理念を奉じていると主張するが、互いの抗争を鎮め、関係を改善するに至るのはまだ先の話だ。

 このように広範なセクターが存在するという事実は、きわめて政治的な争点を呼び起こすものであるが、大手事業体の幹部たちは、争点をそうした形で明確化することは避けている。彼らは、旗幟鮮明にすることを自分で避けていながら、社会に十分認知されていないことを嘆く。クレディ・コオペラティフ(協同組合金庫)の理事長ジャン・クロード・ドゥティユー氏は、連帯経済への支援に深く関わりながらも、「自分は銀行家にすぎない、思想家ではない」と弁明する。同様の謹み深さが、現場で仕事をする活動家にも見られる。彼らにとっては、社会的排除との日常的な闘いこそが重要である。社会の別のモデルを提案することは政治家の仕事だと考えている。「社会経済は、この社会に出現するさまざまな危機を緩和することを可能にする。しかし、それは、市場経済を問題にするものではない」と、就労支援経済活動全国評議会のクロード・アルファンデリー議長は言う。

 社会経済は、左翼政党および労働組合と複雑な関係を結び、そこに多数の幹部や将来の幹部を抱えている。欧州では、社民政党、のみならずキリスト教民主主義政党も、その勢力を、伝統的に、労組、協同組合、共済組合に依拠してきた。「しかし」と、CGT(労働総同盟)のジャン=クリストフ・ル=デュイグー同盟事務局長は語る。「労組と左翼政党は、社会経済を社会にとっての争点とは見ていない」。フランスでは、これまでこのセクターに関心を示したのは緑の党のみである。

 しかし、事態は、アスコエット氏の入閣が示しているように、変わりつつあると思われる。地方選挙を来春に控えていることも無関係ではないだろうが・・・。社会連帯経済の位置づけは、それでもなお曖昧である。グローバリゼーションの引き起こす弊害(失業と社会的排除)を軽減する市場社会の付け焼き刃とも言われ、また、さしあたり経済総体の6〜10%が市場の独裁を免れることを許容する自由主義経済のアリバイとも言われるが、それは、経済と社会の諸関係を別様に構想する事業体の優れたプロトタイプでもありうるのだ。社会連帯経済は、周辺的な存在にとどまり、自由主義経済のうちに融合していく(24)というのでないかぎり、自らの陣営を選びとり、その言説を変えていかなければなるまい。

(1) エリック・ビデ『社会経済』(ル・モンド出版、パリ、1997年)
(2) ジェラール・デルフォー、ジャン=ルイ・ラヴィル『連帯経済の源泉に』(ティエリー・キャンクトン出版、ドモン、2000年)
(3) 協同組合は、1992年に改正された1947年9月10日法により規定され、自己資金となる出資を行うだけの会員(自然人、法人)を認めている。会員は「特別報酬」を受けることができる。このような配当の形で配分されなかった利益は、業務内容に応じて組合員に払戻金の形で配分される。
(4) エリック・ビデ、前掲書。共済組合・協同組合・非営利団体活動全国連絡委員会の1980年の社会経済憲章、および、国際協同組合同盟の1985年の宣言参照。
(5) 欧州委員会第23総局『欧州連合の協同組合・共済組合・非営利団体セクター』(欧州共同体公式出版局、ルクセンブルク、1997年)
(6) ティエリー・ジャンテ『欧州の社会経済』(シャン出版、パリ、1999年)。事業セクターを有給職員の数で分類するとすれば、同じく1990年の時点で、トップは非営利団体の328万4790人であり、これに次いでは、商業の40万9533人、銀行の40万1610人、農業協同組合の37万4992人、建設住宅業の33万8047人、保険の24万5136人である。ダニエル・ドゥムスティエ、マリ=ロール・ラミス『社会連帯経済における雇用』(ティエリー・キャンクトン出版、ドモン、1999年)参照
(7) ティエリー・ジャンテ、前掲書
(8) ジャン=ルイ・ラヴィル、ロラン・ギャルダン「イタリアの社会協同組合」(ヌーヴェル・プラティック・ソシアル、第11巻第1号および第12巻第2号、ケベック大学出版、モントリオール、1999年)
(9) 2万1000の非営利団体が、被雇用者の80%を雇っている。そのうち80%は保健衛生・社会福祉(40%)、教育・研究(29%)、文化・スポーツ・レクリエーション(14%)の3つの分野で占められる(出典:社会経済各省合同専門部会、パリ、2000年)
(10) ジャック・ドゥフルニー、ルイ・ファヴロー、ジャン=ルイ・ラヴィル(監修)『就労支援と新しい社会経済』(デクレ・ド・ブルヴェール社、パリ、1998年)
(11) ル・モンド2000年4月5日付参照。1997年末にフランスには、1万7000人相当のフルタイム雇用を抱える800の就労支援事業者、4500人を集める135の地元密着事業者、および付加価値税も収益税も支払わない1100の仲介事業者があった。
(12) ホアン・ベルネー、イザベル・ダルモン、ジョルディ・エスティヴィル『スペイン、フランス、イタリアの社会的事業体』(社会研究会議、バルセローナ、1999年12月)
(13) エディト・アルシャンボー『非営利セクター』(エコノミカ社、パリ、1996年)
(14) 倫理的投資とは、通常の投資のうち、主として環境、人権、雇用政策に関する一定の倫理的規範を尊重しつつ良好な業績をあげている企業に対して行われるものをいう。これらの資金は1999年には20億フラン(約300億円)にのぼった。分かち合い基金は、投資家が寄付する投資収益の一部を資金とする。その総額は、1999年には推定で6億5000万フラン(約100億円)である。連帯と運営の透明性の基準を満たした基金には、非営利団体フィナンソルから認証が与えられる。
(15) ジャン=ピエール・バリガン、ジャン=パチスト・ド=フーコー『給与貯蓄制度は社会契約の核心』(ラ・ドキュマンタション・フランセーズ、パリ、2000年1月)
(16) 特集「倫理的投資」(アルテルナティヴ・ゼコノミック、特集第3号、パリ、1999年第1季)。また「社会的排除に抗しての投資」(経済とヒューマニズム、第352号、2000年4月)参照
(17) 欧州社会革新通信、2000年1月、第2号、アジャンス・エピス、パンタン
(18) このことは、最近フランスで貯蓄金庫が共済組合に変わったことにも示されている。
(19) 総額1350万フラン(約2億円)。ル・モンド2000年4月18日付参照。
(20) アラン・リピエッツ『社会的任務をもつ新しいタイプの企業の商機』(マルチーヌ・オーブリー雇用連帯相への中間報告、1998年)
(21) ジャン=ピエール・バリガン、ジャン=パチスト・ド=フーコー、前掲書
(22) ミシェル・ロカール、パスカル・プノー、レミー・シュヴァルツ、ブルノー・ベザール『共済保険の任務と共同体法』(首相への報告、ラ・ドキュマンタション・フランセーズ、パリ、1999年)
(23) 6月8日のフランス共済保険全国連合第36回総会でリヨネル・ジョスパン首相により一つの解決策が提示された。それは、共済保険会社の「保健事業という補助的な」事業に対して、それらが営利保険と異なり「一切のリスクの選別を拒み、被保険者個々人の健康に応じて各自に別の保険料を設定することをせず、保障を終身のものとする」かぎりにおいて税制上の優遇を認めるというものである。営利保険会社も、同様の制約を受け入れた場合は、同じ優遇措置が与えられる。ただし、欧州委員会がこの方式を承認するとはかぎらない。
(24) 英国では、相互保険会社が株式会社に転換される例が相次いでいる。フランスでは、このような転換は法的に不可能なので、相互保険会社の傘下にある関連事業体で、母体になる事業体よりはるかに大きくなる見込みのあるものを買収するという形で、非相互会社化が行われる。クロード・ベベアル氏が世界最大の保険会社のひとつであるアクサを築き上げたのも、こうした巧妙な手法による。


(2000年7月号)

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