ニューエコノミー

イニャシオ・ラモネ(Ignacio Ramonet)
ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳・ジャヤラット好子

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 カール・マルクスの言葉に、「風車をくれたら、中世を作ってやろう」というのがある。これは、「蒸気機関をくれたら、産業革命時代を作ってやろう」と言い替えることができるかもしれない。もっと現代に促した言い方をすれば、「コンピューターをくれたら、グローバリゼーションを作ってやろう」というところだろうか。

 このように決め付けたような言い方はいささか度が過ぎるとはいえ、的を射た着眼である。つまり、歴史の流れが変わる転回期には大きな発明が(決して偶然の産物などではなく)現れて、これが物事の秩序をくつがえし、社会の軌道を大きく変え、長期にわたる新しいうねりを引き起こすものだ。この10年ほどの間に、我々はそれと気付かないまま、この種のうねりの中へと足を踏み入れている。

 蒸気機関は18世紀の終わりに産業革命を起こし、世界の装いを一新した。資本主義が飛躍的に発展し、労働者階級が出現し、社会主義が生まれ、植民地主義が膨張した。とはいえ、蒸気機関は結局のところ、筋肉に取って代わったにすぎなかった。

 人間の頭脳に代わろうとするコンピューターは、我々の目の前でさらに驚くべき変化を引き起こし、未だかつて見たことのない変化をもたらそうとしている。実際、誰もが自分の身の回りがすっかり変わってしまったことを実感している。経済の基本、政治の条件、環境の要因、社会の価値、文化の基準、個人の態度など、何もかもが変わった。

 情報とコミュニケーションの技術、そしてデジタル革命は、我々をいやおうなしに新しい時代へ招じ入れていた。その主な特色は、無形のデータの瞬時の移動と、電子を媒介とした接続やネットワークの増大にある。インターネットはその中心に存在する交差点として、現在進行形の大きな変化を集約している。鉄道が産業革命時代に果たした役割を、現代では情報ハイウェイが果たしている。どちらも時代を推進し、人々の交流を活発にさせる強力な要因として機能する。

 このような比較が頭にあるのだろうか、多くの小口投資家は、「輸送システムの経済的メリットはジグザグ曲線を描きながら右肩上りに伸びていき、ある種の接続が確立されたときに急激に増大するものだ」と考えている。そして、「1840年代において、鉄道建設はそれだけで西ヨーロッパの産業発展の最も重要なバネだった(1)」とも思っている。つまり現代の新・資本家たちは、バーチャル・ハイウェイやネットワーク・テクノロジー、インターネットに関連する事業なら何であれ、現在はテイクオフの段階にあるといっても、将来は指数級数的に成長するだろうと踏んでいるのだ。そして、人はそれを「ニューエコノミー」と呼ぶ。

 これほど変化が速い時代には、それに対応していくために、世界中の企業が情報機器や電気通信、ネットワークに多額の出費を行わざるを得ないだろう、と多くの投資家は確信している。この分野には絶大な発展が見込まれる。フランスではこの3年間で、1000万人以上が携帯電話を購入し、パソコンの普及率は2倍に増えた。

 1998年には1億4200万人だったインターネットの推定利用者数は、今後2003年までには5億人に達するものと考えられている。きたるべき大決戦では、ネットワークを支配し、画像・データベース ・音声・ゲーム機といったコンテンツ市場を押さえようとして、米国、欧州、日本の企業が衝突することになるだろう。そこで主戦場となるのは、電子取引の分野だろう。インターネットは広大な商品ギャラリーへと姿を変えた。1998年には取引額がせいぜい80億ドルと胞芽期にあった電子取引は、2000年には400億ドル、2002年には800億ドルに達すると見られている。

 投資家の群れは(古株も新参者もともどもに)、富を掴むという燃えるような熱情に憑かれ、一攫千金を夢見ながら、大部分のマスコミからも背中を押されて、世界中の証券取引所に飛び込んで行く。まるでかつてエルドラド(黄金郷)へ向かった金鉱採掘者の群れのようだ。一部のインターネット関連株は急騰している。昨年には、株価が100倍に上がった企業が10社ほどあった。アメリカン・オン・ライン(AOL)に至ってはさらにそれを上回り、1992年に比べてなんと800倍にもなっている。

 インターネット関連五大企業(AOL、Yahoo!、Amazon、AtHome、eBay)の各銘柄を株式公開の初日に1000ドルずつ買ったにすぎない個人投資家は、99年4月9日以来100万ドルをもうけた勘定になる。99年の1年間で、ナスダック(ハイテク株が主流のニューヨーク店頭市場)の指数は85.6%の上昇を示した。ナスダック指数は、2000年3月にはかなりの下落をみたが、年頭に比べれば20%も高いレベルにとどまっている。

 しかし、努力も労働もせずに急速に得た富は、蜃気楼のようなものだ。国全体としては富の増した米国でさえ、繁栄とは裏腹に貧富の格差が拡大し、大恐慌以来のレベルに達している。ニューエコノミーによる繁栄は何とも危なっかしく、1920年代の経済ブームを思い出させる。あの頃も今と似て、インフレ率は低く、生産性は高かった。こうした状況を見て、「破産の危惧」を口にし、1929年の亡霊を呼び起こす者もいる(2)

 中期的に生き残ることのできるネット企業はせいぜい25%でしかないだろう。金融当局の高官も、いまや個人投資家に警鐘を発し始めている。たとえば、オランダ中央銀行のヴェリンク総裁は、「インターネット銘柄に対しては慎重に」と諭し、「金鉱を求めて互いに後を追い合う暴れ馬たち」にトレーダーを例えている(3)

 政治革命は、自らの落とし子を呑み込んでしまうものだとよく言われる。それは、経済の革命も同じことだ。

(1) デヴィッド・S・ランデス著『技術志向のヨーロッパ』(ガリマール社、1975年、パリ)214頁
(2) Business Week, 14 February 2000.
(3) ル・モンド紙2000年3月12日付


(2000年4月号)

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