セルビア離れを着々と進めるモンテネグロ

ジャン=アルノー・デランス(Jean-Arnault Derens)
ジャーナリスト、モンテネグロ共和国ツェティニエ在住

訳・ジャヤラット好子

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 モンテネグロで友達同士が会うと、最近は時事ニュースの交換より、クーデタの心配が話題になる。いつクーデタが起きてもおかしくないと言われている。1997年10月に改革派のミロ・ジュカノヴィッチが大統領に選ばれて以来とは言わないまでも、少なくともここ半年、噂だけは後を絶たない。

 面積1万3000平方キロメートル、人口65万人程度の小国モンテネグロは、理論的には現在もユーゴスラヴィア連邦共和国の一部である。しかし、ユーゴに対する空爆が行われていた当時、モンテネグロ政府は欧米の介入を公然と支持した。99年3月末から6月初めにかけてのモンテネグロは、NATO(北大西洋条約機構)の砲撃にさらされる一方で、コソヴォ難民が続々と押し寄せ、ベオグラードの命令に従うユーゴ連邦第二軍と、ジュカノヴィッチ大統領に忠誠を誓うモンテネグロ警察がにらみ合う危険な状況にあった。

 この二つの部隊の潜在的「軍事力」の優劣をめぐって、あれこれと推測が飛び交った。モンテネグロ警察の側は、非常に近代的な軽火器を備えている。その特殊部隊はよく訓練され、ユーゴ紛争初期のスロヴェニア防衛隊やクロアチア国防隊に匹敵するほどの応戦能力があると考えられている。連邦軍の予備部隊には、モンテネグロ北部に多いブラトヴィッチ連邦首相と彼の率いる人民社会党の支持者が加勢したのに対し、警察の補充部隊には独立派が合流した。この他に、モンテネグロ解放をうたう二つの武装勢力も出現していた。

 しかし、最悪の事態は避けられた。そして、モンテネグロは難民問題にみごとに対応した。どれほど大量の難民が流れ込んできたかと言えば、過去にクロアチアから逃れてきたセルビア人難民が3万人いた上に、今度はコソヴォから10万人近くのアルバニア人難民を迎え入れた。99年6月以降、これらのアルバニア人ほぼ全員が帰還すると、コソヴォのモンテネグロ人、セルビア人、ロマ人がモンテネグロに避難してきた。

 マケドニアやアルバニアに比べるとモンテネグロには国際組織もまるで来ていなかったため、政府や地方自治体が難民の世話に当たることも多かった。こうした行政府の姿勢は、ジュカノヴィッチ大統領の政策に対する国内少数民族の支持を高めた。ムスリム系スラヴ人とアルバニア人(それぞれ人口の15%、10%を占める)は、個別の分離主義に向かうよりも、モンテネグロの主権確立あるいは独立という構想に対して結束する姿勢を示している。モンテネグロがバルカン唯一の多民族国というわけでないにせよ、その国家構想はバルカン唯一の多民族政策構想であると言える。セルビアやマケドニアの場合、国内諸民族の関係は険悪である。

 この小さな共和国は、難民受け入れ政策を取っていることを訴えて、南東欧安定化協定の枠組みによる国際的な援助と支援を求めていい立場にある。ジュカノヴィッチ大統領や閣僚たちは様々の国際会合に足を運んでいるが、地域経済安定化構想へのモンテネグロの参加には、国としての政治的地位が曖昧なことがネックになっている。

 モンテネグロは現在もユーゴスラヴィア連邦共和国の構成国であるが、98年6月以降、連邦政府も連邦諸機関も認めていない。モンテネグロ大統領選でジュカノヴィッチに敗れた野党党首、ブラトヴィッチ前大統領が98年6月に連邦首相に任命されたことを、モンテネグロ政府は憲法違反であるとする。警察は「国軍」化し、ユーゴ「占領軍」に抵抗する構えを見せている。セルビアに対する国際的な制裁措置はモンテネグロを除外するものと考えられており、セルビア側はモンテネグロ国境に正真正銘の税関まで設置している。

連邦制度の改革か分離独立か

 もう一つ、モンテネグロは何と通貨主権を確立しようとしている。いずれ廃止されるはずのユーゴ・ディナールと並行して、11月1日からドイツマルクが合法的に通用するようになった。ずいぶん前から旧ユーゴ全域の地下経済ではマルクが基準通貨となっていたが、今後モンテネグロでは、給与や年金もマルクで支払われることになる。

 第二段階として、マルクに連動した独自通貨が導入される可能性があるが、この小国の政府は、まずマルクを合法化するという実に巧みな政治的手腕を示した。モンテネグロ政府はマルク合法化の決定について、「通貨主権」の愛国的価値を訴えるのではなく、常識的な論拠によって正当化した。連邦政府がディナール紙幣を刷り続ければ、インフレと通貨価値下落につながるという主張である。

 つまり、セルビア経済の落ち込んだ穴からモンテネグロを救い出す、ということだ。筋金入りのブラトヴィッチ支持者でさえも、一カ月で75%も目減りするディナール建てで給料をもらうより、強い通貨でもらうことを歓迎せずにはいられないだろう。

 そして、連邦擁護派の基盤はまさに、給与や年金に依存し、「ヤマ」には手を出さない階層にある。昔からある南北間の亀裂に加え、社会的な亀裂も深まっているのだ。モンテネグロではセルビアと違って、給与と年金が(外国からの援助なしに)ちゃんと支払われている。とはいえ、最低限の生活をするのが精一杯の金額にすぎない。

  二つのモンテネグロが存在する。片方は、かつかつの給料で生きている。もう片方は、場合によっては憲法上の国境の外に出るほどの手間もかけず、ちょっとした商売を手がけて「うまく」やっている。この「活発な」モンテネグロが、ジュカノヴィッチ大統領の「主権」政策を大いに支持している。他よりはマシという程度ながら繁栄している国内経済は、大統領にとって主要な切り札となっているのだ。この小さな共和国は、旧ユーゴ連邦では最貧国の一つだったが、今やセルビアより暮らし向きがよくなっている。

 ジュカノヴィッチ大統領はどこまで進むつもりだろうか? 公に掲げている目標としては、民主化された国家連合としてのユーゴにおける「主権国家」モンテネグロと言うにとどまっている。モンテネグロ政府は、セルビアの反政府勢力とも密接な関係を結んでいる。何人ものセルビア反政府勢力のリーダーが、空爆の際にモンテネグロに避難していたほどだ。しかし、モンテネグロを含む改革派が連邦レベルで勝利を収める結果となるのか、現時点では何とも言えない。

 99年8月にモンテネグロ政府が協議を求めた「セルビア=モンテネグロ間の新たな関係の提案」をベースとした交渉を、ベオグラードは拒否している。きわめて緩い国家連合が提案されているからだ。モンテネグロの側は、ユーゴという国家共同体を維持する条件として、ミロシェヴィッチ連邦大統領の退陣を掲げている。

 このように両者の立場は真っ二つに分かれている。独立を問う国民投票だけが、この現状を打開できるのかもしれない。しかし、今のところジュカノヴィッチ大統領は、国民投票の実施を慎重に先延ばしにし、徐々に主権を確立することで満足している。

 この慎重さには、欧米の姿勢が大きく影響している。欧米各国は、この小さな共和国の独立を絶対に認めないという態度を示している。もしモンテネグロが分離独立し、ユーゴ連邦が存続を止めたとしたら、コソヴォの独立も避けられなくなってしまう。欧米各国はモンテネグロに対し、独立の代わりに金融援助と人道的支援を与えている。しかし、この共和国の不確かな地位は国際投資を思いとどまらせ、真の経済回復戦略を困難にしている。今のところ、こうした不健全な現状は、モンテネグロの恨みをかい、国内の反政府勢力を硬化させる結果しかもたらしていない。


(2000年2月号)

All rights reserved, 2000, Le Monde diplomatique + Jayalath Yoshiko + Saito Kagumi

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